※本記事は住宅情報WEBマガジンDaily Lives Niigataによる取材記事です。
今回取材に訪れたのは、モリタ装芸のリノベーション部門・小倉直之さんと新築部門の営業・小倉(櫻田)佳子さん夫婦が暮らす家。
7年前に建てられたモリタ装芸の定額制注文住宅ROMOを買い取り、リノベーションを施して、今年の6月から暮らし始めたという。
2010年に中途入社した小倉さんと2015年に新卒入社した櫻田さん。家づくりのプロである二人がどのように家づくりを検討し、リノベーションという選択をしたのか聞いてみた。
土地探しを諦めた時に、築浅の自社施工物件が登場
「何年か前から自分たちの家を持とうと考えていました。私はリノベーションがいいなと思っていましたが、妻が希望する新築を進める方向で土地探しをしていたんです。
景観がいいところに住みたいけど、できれば職場がある中央区からあまり離れたくない。それで、鳥屋野潟周辺エリアを1年かけて不動産会社さんに探して頂いていました。ただ、そもそも人気のエリアで土地が出にくい上に価格も高い。何度も紹介を受けながらも決められず、だんだんと申し訳ない気持ちになり、1年を過ぎた頃に手土産を持っていったん土地探しをやめることを伝えに行ったんです。
すると、『7年前に長潟エリアに建てられたROMOをお客さんが手放すことになりそうだ』という話を聞きました。それは偶然にも妻が担当した建物。縁を感じました」と小倉さんは話す。
「私はどのようにして建てられたか分からない中古住宅を買うことに不安がありましたが、この建物は自分が担当した自社施工の物件で築年数も浅い。新たに土地を買って新築をするよりも、このROMOを買ってリノベーションをすることがコスト面でも魅力に思えました」と櫻田さん。
そうして、一度お客さんのために建てた自社施工のROMOを購入し、リノベーションをするプロジェクトをスタートした。
便利さを追求しないリノベーション
元々の建物は間口3間×奥行5間のシンプルな形状で、1階には16畳のLDKと3畳の小部屋、水回りが配されていた。2階は個室が2室とバルコニーに面した4.5畳のフリースペース、トイレとWICという構成。
数多くのリノベーションを手掛けてきた小倉さんは「構造がシンプルな建物ほどリノベーションがしやすいですが、このROMOは特にいい形でした」と話す。
整った長方形の平面形状であることに加え、スパンは最大で2間。屋根の架け方もシンプルで、構造的に無理がないという。
そんな建物をベースにし、どんな方針でリノベーションをしたのか伺った。
「まず、あまり便利さを追求しないことを意識しました。どうしても家づくりをする時に多くの人が便利であることを目指しますが、それは使い方を限定することにつながりがちです。逆に少し不便だと改善策を考えるきっかけが生まれると思うんです。私たちが前住んでいたアパートは34㎡(約10坪)の1LDKで少し狭かったですが、DIYで間仕切りや収納をつくりながら6年間暮らしていました。その経験があったので、住んでから解決していける余白やカスタマイズ性を大切にしようと思いました。あとは、緊張せずに楽に暮らせること。分かりやすく言うなら“適当な暮らし”をテーマにしています」と小倉さん。
では、どのように家が生まれ変わったのか見ていこう。
昭和のマンションをイメージしたラウンジ
まず、建物の正面に立った時に見えるファサードの印象が大きく変わっている。
ROMOの特徴である2階の屋根まであるポーチ部分のくぼみをなくし、手前には新たに庇を設置した。
お店のオーニングのような庇が外観のかわいらしいポイントになっているのはもちろん、雨や日差しを遮る役割も果たしている。
ポーチのタイルは小倉さんが「昭和のマンションの共用部」と呼ぶレンガのようにざらざらとしたタイルに張り替えた。
そのタイルの床は玄関、さらにその先のフロアへと続いていく。
以前LDKだった場所の一部はゲストを招くラウンジにつくり変えた。
掃き出し窓に面した小部屋には造作のミニキッチンとテーブルがある。お客さんを招いたり、仕事をしたり。そんな活用を考えているのだそう。
「2階には私たち夫婦が生活するリビングがありますが、ここはもっと外に近い場所。ちょうどいい言葉が見つからないので『ラウンジ』と呼んでいます。と言っても別にかっこいいものじゃなくて、目指したのは昭和のマンションのロビーです。懐かしくてほっとする場所にしたかったので。朝ここで仕事をするとはかどりますよ」と小倉さん。
ちなみに1階には水回りや個室が備えられているので、2階に上がらず平屋のように暮らすこともできる。2階リビングの家でもそんな選択肢を取れることが心の余裕につながっているという。
このラウンジは夜の雰囲気もいい。
大きな白い壁に動画を投影すれば、そこは小さな映画館に変わる。ラウンジという外に近い場所だからこそ、一層の非日常感を楽しむことができる。
遊び心あふれる5段ヘリンボーン
1階の奥。改築前はダイニングやキッチンだった場所は、廊下と2つの小さな個室に変わった。
赤みがかった濃い色の床はチーク材。5つの木片を1単位にした“5段ヘリンボーン”が目を引く。
「これは床材店のアンドウッドの遠藤さんがお薦めしてくれた張り方を採用しています。床の張り方に限らず、造作家具のデザインなども細かく自分たちで決めるのではなく、今回はそれぞれのプロにお任せする部分が多かったです」と小倉さんは話す。
全体的な統一感は大事にするが、個々のパーツをそれぞれの専門家に一任することでいいものができ上がると小倉さんは考えた。その結果、期待以上のものに仕上がったという。
かつてキッチンがあった場所は3.75畳の個室に変化。
床下点検口や高窓、冷蔵庫や調理家電用のコンセントの位置はそのままで、キッチンであったことを静かに伝えている。
また、脱衣室は元々あった洗面台の代わりにガス衣類乾燥機を入れる改築を施した。
1.5畳のバルコニーを大きな造作ソファに
2階は中央に4.5畳のフリースペースとバルコニー、その西側に6畳の個室、東側に8畳の主寝室という、3つのゾーンに分かれた間取りだった。
その小間切れだったプランを見直し、主寝室の一部とフリースペース、6畳の個室を合わせて新たに14畳の2階リビングをつくり出した。
床には上品な木目のミズナラを、壁の一部は節の少ない針葉樹合板を採用。
奥の6畳の空間は大きなL字型キッチン&ダイニング、手前のフリースペースをリビングにしている。
「私たちはバルコニーは使わないので、そこを室内にしました。その際にバルコニーの立ち上がり部分はあえてそのまま残し、バルコニー部分を丸ごと造作ソファにしています。リノベーションで課題になりそうな部分を建物の個性と捉え、それをなじませるようにしました」と小倉さん。
このゆったりとしたソファはベッド代わりにもなるため、ここで朝まで眠ってしまうことも少なくないのだそう。いつでも寝れるようにそばにはブランケットが置かれている。
カスタマイズできるオリジナルの押し縁可動棚
キッチンは、以前のアパートの壁付けタイプが使いやすかったことから、対面ではなく壁付けを選択した。
「アパートで暮らしていた時に、後ろを振り返らずに作業ができる壁付けが楽だなと思うようになりました。部屋の2面を全部使える造作キッチンにしていますが、こうすることで作業台を広くできるのはもちろん、収納スペースもたっぷりと確保できています」と小倉さん。
「最初は大きすぎないかな?と少し心配していましたが、広い作業台は作り途中のものを置く場所がたくさんあって使いやすいですね。私たちは2人でキッチンに立つことが多く、アパートの狭いキッチンではよくぶつかっていましたが、今は2人で余裕を持って作業ができています。目の前の窓から景色が見えるのも壁付けならではの良さです。あと、私は食器やグラスを集めるのが好きなので、それらをなじませるように棚をいろいろなところに設けました」(櫻田さん)。
その壁の棚は、決して複雑な仕組みではないがちょっとしたギミックを感じさせる仕様だ。
キッチンパネルの継ぎ目を隠すために秋田杉の押し縁が取り付けられており、よく見るとそこにはアルミの板状の部材が埋め込まれている。あらかじめそこには一定間隔の穴があけられているので、ホームセンターで売っているL字金具を取り付けて棚を増やすことができる。
オリジナリティと温かみがある押し縁レールは、小倉さんが考案し自社の家具職人に加工してもらったもの。意匠と機能が融合したレールは、玄関やラウンジ、個室など至るところに用いられており、いつでもカスタマイズしていける。
カスタマイズ性を重んじる考え方は、この家の照明計画にも現れている。
「部屋の外周部にダクトレールを巡らせ、そこに照明を付けられるようにしています。例えば『選んだ照明器具が空間に合わなかった』という失敗はよくありますが、その場合、別の場所に取り付ければ無駄になりません。ダイニングのペンダントライトの位置もあらかじめ決めるのではなく、ダクトレールに取り付けて、下げたい場所にヒートンを使って吊っています」と小倉さん。
大事なのは“適当な暮らし”
何年も前から住んでいるようなこなれた雰囲気が漂っているが、まだ住み始めて1カ月半ほどだという。実際に暮らしてみて、どんなことを感じているのか聞いてみた。
「私は朝起きる時間が早くなりました。6:30くらいに起きてコーヒーを飲んだり、植物に水を上げたり、ボーっとしたり。毎朝掃除をする習慣もつきましたね。
アパートに住んでいた時、私は朝が苦手だったんですが、今は朝がとても大切な時間になっています。丁寧な暮らしに近づいているかも(笑)。
それから夕食を作る時間が前よりも好きになり、外食が減りました。特にお酒を飲みながらスパイスカレーを作るのが好きです。
モリタ装芸が運営しているショップ『KiKi』では“キッチンは暮らしのまんなか”というコンセプトを掲げていますが、今自分たちが広めのキッチンを中心にした家に住んでみて、その豊かさを実感しています。その魅力をもっと伝えていきたいですね」(櫻田さん)。
「私も朝起きるのが早くなりました。スポーツ公園が近いので朝6時くらいに散歩やランニングをしています。この家には『便利さを目指さない』『緊張せずに暮らしたい』というテーマがありましたので、そもそも失敗や反省点というのがありません。棚が足りなかったら増やせるし、柱には元々ボードを取り付けていた穴があいている。ティッシュなどは使いやすいように柱に打ったビスにかけていますが、新たな穴をあけることに抵抗がありません。最近モリタ装芸の家具工場でつくり始めた木のトレイ付きの金具も柱に付けてみました。あと、壁は同僚たちと一緒にポーターズペイントという塗料を塗ったもので、汚れた箇所は簡単に塗り重ねることができます。
改めて、使い方を限定するものをつくり込むのではなく、余白を残すことの大事さを感じています。私たちはいい意味で“適当な暮らし”を大切にしたい。そして、どうしたら暮らしが良くなるかを考えることも大切にしていきたいです」(小倉さん)。
棚やキャビネットを見れば、そこには櫻田さんが集めたかわいい雑貨が並んでいる。味わいがあるものもあれば、ポップでキッチュなアイテムも並んでいて、それらが緩い雰囲気をつくり出している。
数多くの家づくりに関わってきた夫婦がたどり着いた家。そこには張り詰めた緊張感などはない。少し気が抜けた空間には、大らかに生活を楽しむ小倉さん夫婦の人柄が現れている。
小倉邸(モリタ装芸スタッフ)
新潟市中央区
延床面積 97.71㎡(29.50坪)
構造 木造軸組工法
竣工年月 2016年(2023年6月リノベーション工事完了)
取材・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平