※本記事は住宅情報WEBマガジンDaily Lives Niigataによる取材記事です。
演劇人の夫とダンサーの妻が選んだ変形地
新潟市西区の小高い丘陵地。内藤さん夫婦が暮らす家は、三叉路に面して立っており、北・東・南の3方向が道路に囲まれている。
建物左側はガルバリウム鋼板で仕上げられた総2階で、右側はピロティの上に杉板で覆われた小さなボリュームの箱が載っている。
36坪の台形というクセの強い敷地を有効に使うために導き出された形だ。
大学時代は共に音楽科で学んでいたという内藤さんご夫婦。夫の陽介さんは企業に勤めながら新潟市内の劇団「Accendere(アッチェンデレ)」に所属し、演劇をライフワークの一つとしている。
一方、妻の七菜さんは、普段は企業で勤めながら、上越市のベリーダンスサークルに所属し活動を続けてきた。現在は妊娠中でダンスはお休み中だが、共に芸術活動に親しんできた夫婦である。
「僕は演劇を、妻はベリーダンスをやってきたので、結婚してからも週末はそれぞれ別々に過ごすことが多かったんです。それが2020年にコロナが広がるとお互い活動ができなくなりました。それで時間ができたのがきっかけで家づくりを考えるようになったんです。以前は近くのアパートに住んでいたんですが、暗くて寒くて湿っぽくて…。ストレスを感じながら過ごしていましたので」と、家づくりの経緯について話す陽介さん。
住宅会社に勤めるお兄さんから「いろいろな会社を見に行った方がいい」というアドバイスを受け、住宅情報誌やインターネットで調べながら気になる会社のモデルハウスや完成見学会に足を運んだ。
「元々僕たちはそれほど家にこだわりがなくて、『こうしたい!』というイメージもなかったんです。だから、見学会に行き始めた頃は『こんなこともできるんだ!』と驚くことが多かったです。でも、いろいろな家を見ていくうちに、1階にリビングと水回りがあり、2階に寝室や子ども部屋があるというパターンが見えてきて、どこの会社も似たり寄ったりに思えてきたりもしました」(陽介さん)。
そんな時にモリタ装芸の完成見学会を訪れ、そこで建築士の石川勝也さんに会ったという。
「そこでは、石川さんは住宅と関係ない話を中心にしていて、僕たちの演劇やダンスの話をすごく面白がってくれたんです。『その活動ができる家ができたらいいですね。将来子どもは家を出ていくものと考え、あえて子ども部屋という概念を持たずに自分たちの生活を大事にするのもアリだと思います』というお話をされていたのが印象に残っています」と陽介さん。
そうして、モリタ装芸を含むいくつかの住宅会社にプランニングを依頼。ダンスの練習ができるフリースペースがある家を希望していたが、生活動線の中にフリースペースを組み込んでくれた石川さんの案に魅力を感じ、依頼を決めたという。
そのフリースペースが、ピロティの上に載った杉板外壁の箱の部分であり、階下への音や振動を気にせずに活動ができる。
「家で音楽をかけてダンスの練習をするには、住宅が密集していない場所の方がいいなと考えていました。三叉路に面した土地を選んだのもそういう理由からなんです」と七菜さん。
「あと、整った土地ではなく、ちょっと変な形の土地にしたいというのもあり、台形で傾斜があることも気に入りました」(陽介さん)。
高天井のリビング。冬はこたつでまったりと
ピロティ内の階段を5段上がったところにあるスライドドアを開けると玄関が現れる。
土間は洗い出し仕上げで、丸みを帯びた黒い玉砂利が味わい深い。
この家に玄関ホールという概念はなく、土間のすぐ目の前はリビングとキッチンだ。
一段上がった7.5畳の空間がリビング。そこには赤いギャッベが敷かれ、こたつが置かれている。
「椅子やソファがあるリビングやダイニングではなく、座卓で過ごしたいと思っていました」と陽介さん。
リビングの外が道路であることから、プライバシーを保つために、窓は高い位置に配置。そこから入った光が空間全体を柔らかく包み込む。
壁から突き出した棚には本が整然と並んでいる。ビジネス書や実用書は陽介さんのもので、小説は七菜さんのもの。図書館で過ごす時間が好きだという内藤さん夫婦らしい一角だ。
ゆったりとした座椅子に座れば、正面にテレビ。その後ろには中2階へと続く階段のジグザグのラインが見える。そして、視線はその先の高い天井へと伸びていく。美術館を住宅のスケールにまとめたような空間構成がワクワクした気持ちにさせてくれる。
また、階段下の小さなスペースは陽介さんがパソコン作業をするための場所で、そこだけ掘りごたつ式になっているのも面白い。
階段の上から見下ろすと、玄関・リビング・キッチンが近い距離でコンパクトにまとまっているのがよく分かる。
設計をした石川さんは「土地の方位や形などの特性を読み取りながら建物の形を決めていきました。小さい土地なので、階段なども含めておうちの全部を使えるようにしています。例えば、階段の一番上の段を周り階段ではなく平らにしているのは、そこに座れるようにしたいと思ったからです。そのためにリビングの床をキッチンより1段高くしています」と説明する。
リビングの隣にあるキッチンは3.8畳の長方形の空間で、L字型キッチンがちょうどよく納まっている。
リビング側にシンクがあり、サイドの壁側にはガスコンロ。レンジフードの左側には棚が1枚造作されており、コーヒーや紅茶、ワインなどが置かれている。
また、キッチンの右側には扉ですっきりと物を隠せるカップボードが造作されており、コンパクトな動線でキッチン、冷蔵庫、オーブンレンジの間を行き来できるのも特徴だ。
中2階には高天井のダンススタジオが
そして、リビング階段を上がったところが、もっとも内藤さん夫婦らしさがあふれる空間。
こちらはピロティの上にある12.5畳の中2階で、七菜さんがベリーダンスの練習をするために設けられた場所だ。天井高は3mあり、北側の壁一面には高さ1.9mの大型鏡が張られている。鏡のそばにはバレエバーと呼ばれる手すりも設けられている。
「ここにヨガマットを敷いて、休みの日の朝には二人でストレッチもしています」と陽介さん。
また、友人や兄弟家族が集まる時にはこちらにテーブルを運んでリビングとして使うという。
窓辺のカウンターはお茶をしたり仕事や書き物をしたりする場所で、ここから少し開けた景色を眺めることができる。
「家で仕事をする時、壁に向かいたくなくて、このようなデスクを造って頂きました。リモートワークをする時にも使っています」(七菜さん)。
「最初に見学会で内藤さん夫婦に会った時に演劇とダンスの話を聞き、二人にはこういう家に住んでほしいと思っていたんです。この家は子ども部屋を用意していないんですが、夫婦が好きなことを大事にしてつくった家では子どもも幸せそうにしているというのが経験上分かっていたので、お二人が好きなことをアクティブに楽しめる家を提案させて頂きました。お二人の生き方を子どもに見せて上げてほしいですし、子どもが小学生くらいになって友達を連れて来た時に、親から教えてもらった演劇やダンスを友達に教えたり…ということにもつながってくるかもしれません」と石川さんは話す。
ありきたりではない家を求めていた内藤さん夫婦は、石川さんのプランだけでなくそのような考え方にも共感したという。
寝室の手前に設けられたピアノスペース
ダンススタジオとして使えるフリースペースから3段上がった場所は、少しコンパクトなもう一つのフリースペース。
こちらには七菜さんのアップライトピアノが置かれているが、普段弾いているのはもっぱら陽介さんだという。
「アパート暮らしの時も部屋に電子ピアノがあったんですが、寒くて暗いアパートの部屋では気持ちがのらず全然弾いてなかったんですよ。でもこの家に住んでからはピアノを弾く時間が楽しくなって、スクールに通い始め発表会にも出るようになりました。この隣が寝室なんですけど、ピアノが普段行き来する場所にあるのもいいですね」(陽介さん)。
この空間はプロジェクターで映画や海外ドラマを楽しむ場所にもなっている。
2シーターのソファに腰掛けて、リビングの壁に映像を投影すればホームシアターに早変わり。「ネットフリックスやアマゾンプライム、Huluで映画や海外ドラマをよく見ています」と奥様は話す。
遊び心あふれる寝室&トイレ
フリースペースの隣にある寝室は、それまでとはまたがらりと異なる空間だ。
壁と天井はサイザル麻の自然な風合いを表現したクロス、床はコーティングされたラタン(シンコール社のエミネンスタイル ウッド 籐/ET-8567)が使われている。
「他と区切られている部屋なので、異空間にしたいなと思い、バリ島のリゾートのような雰囲気にしました」と陽介さん。
ちなみに1階のトイレも来客が驚く異空間だ。
ドアを開ければ、壁やキャビネット、便器までもがピンクで統一された空間が現れる。壁に掛けられた野生爆弾くっきー氏のイラストレーションが似合うトイレにしたいという理由から選ばれた色なのだそう。
家全体に統一感を求める美意識もあるが、一つ一つの空間に遊び心を散りばめる美意識もある。それが自由設計の家をつくる面白さでもある。
「初めて遊びに来る人は、最初に玄関を開けて『わっ』と驚き、その次に中2階のフリースペースを見て『わっ』と驚き、トイレに入ってまた『わっ』と驚くんです(笑)」と七菜さん。
さまざまな居場所がスキップフロアで繋がる
「僕たちが落ち着けたりテンションが上がったりする場所が、図書館・映画館・体育館・音楽室なんですが、そのような空間を全て叶えて頂けました。家の中に点々と居場所があり、空間がつながっていてすぐ行けるところがいいですね。友達が遊びに来ると自分たち以上にリラックスしてくれるのもうれしいです。春に子どもが生まれる予定で、成長してきたらどのように子ども部屋をつくっていくか考えるのも楽しみになりそうです」と陽介さん。
石川さんと一緒に設計や仕様決めを担当した黒田理奈子さんは「私は学生時代に演劇をやっていて、内藤さんの演劇を見に行ったことがあるんです。その時に一緒に写真も撮ってもらいました。その内藤さんの家を担当できてうれしかったですね」と話す。
台形の傾斜地という特性を読み解き、内藤さん夫婦がライフワークや趣味を存分に楽しめるように計画した住まい。固定概念に縛られない自由なプランが、楽しく充実した日常を紡ぎ出している。
内藤邸
新潟市西区
延床面積 92.58㎡(27.94坪)
構造 木造軸組工法
竣工年月 2021年5月
写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平